Home > 24時間テレビのマラソンランナー 2011年 徳光和夫
徳光さんと言えば、毎年正月に開催される箱根駅伝の沿道で応援する姿がテレビに映ってますね。
その徳光さんがなんとご自分で日本テレビの24時間マラソンで走ると聞いて、「本当に大丈夫なの?」と思う方の方が多いのではないだろうか。
2007年に走った萩本欽一さんの66歳を超える70歳、しかも、2001年には急性心筋梗塞の大病をしているという。
70歳と言えば、8月の猛暑の中、なんとか熱中症に罹らないように細心の注意を払って生きていかねばならないのが、一般的だと思うけれど。 そこを、24時間マラソンに挑戦しようという気力はすばらしいと思う。
3人の医師にメディカルチェックを受け、最後のチャレンジだと引き受けたようだ。
今年は、東日本大震災が起き、日本中が頑張らねば!と前向きに生きている人が多い中、徳光さんが、ご高齢ながら走る姿は、心に訴えるものを発することは確かだ。
暑さに負けずに、日本中にパワーを発信させてもらいたいものだ。
徳光さんは、1947年3月10日の生まれ。本当は3月3日だったらしいが、父親が男の子が3月3日の桃の節句の生まれでは恰好が悪いと10日の陸軍記念日に変えたのだという。
もともとは意外にも落語家を志望していたとか。
徳光さんが、巨人軍ファンになったのは、最初は長嶋茂雄さんから始まった。
私立海城高等学校在学時、長嶋茂雄が東京六大学野球の新記録(当時)となる本塁打を打ち、「人生のすべてを長嶋茂雄にささげよう」と決意したそうだ。
その後、長嶋茂雄がいた立教大学のすべての学部を受験し、社会学部に補欠合格。
長嶋茂雄が卒業後、巨人軍に入団したので、巨人ファンに転向したそうだ。
アナウンサーになったのは、就職に悩んでいた時、土居まさるに相談し、アナウンサーを薦められ、アナウンサーになることを決意したという。
しかし、最近、徳光さんの高額なギャラのせいか、製作費の削減のため、レギュラー番組も減っているように見受けられる。
2008年には、『THE・サンデー』『オジサンズ11』『世界ウルルン滞在記2008』、2009年には、『徳光和夫の感動再会"逢いたい"』が終了、2011年春、『TheサンデーNEXT』『DON!』が終了して、地上波でのレギュラー番組がなくなったという。
1978年の第一回から出演している『24時間テレビ』で、今年は、総合司会を退き、チャリティーマラソンのランナーとなる。涙もろい徳光さんが、涙を流しながら、完走する姿が目に浮かぶ。
24時間テレビ歴代マラソンランナー
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